読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

過去、現在、未来の三点倒立。

思い出というのは、今という時間があるからこそ出来るわけで今という時間が過ぎてしまえば全ては過去であり思い出なのではないだろうか。
そんなわけで、黄金週間、GWは東京へ旅行へ行ったのです。
旅先で私のお散歩に付き添ってくれる方をTwitterで集め、とりあえずその人たちにその日1日の予定を自由に決めてもらい一緒に過ごしてもらうという自由といえば自由なのだけれど(相手にとって)迷惑といえば迷惑極まりない他人任せ無計画旅行というのは基本スタンスで、今回の東京旅行も例外では無かったわけである。

いやぁ、癒されましたね。女の子ですもの、出逢ってくれた方々は。
普段、人、ましてや女の子に会う機会もなければ会話もない日常の中でぼんやりと過ごしている私にとって女の子と出会うことは癒し&刺激的なんである。
毎度、誘ってくれる方々は優しく、少なからずどこかしら自分に似ていて、なんとなく私を理解してくれている子達で非常に接しやすく落ち着く存在だったりする。
食事したり、喫茶店で向かい合って話したりするだけなのだけれど私にとって素晴らしく楽しい時間であり大切なひと時。有意義な時間だったのです。

笑顔が好きなんですよ、女の子の笑顔。純粋に、単純に、笑顔が好きなんである。

『笑顔』といっても、なんというか、こう、大きな笑顔というのはつまらなくて、小さな笑顔がまた好きで、笑顔の理由が素朴であればある程いいなぁと思うのです。
今回の旅行中にもその笑顔に沢山出会った。
例えば、どこか旅行へと向かう家族。子供は興奮気味に母親の手を引き電車に乗り込む、もちろん子供は笑顔。こちらまでそのウキウキが伝わってくる、それだけで私は泣けてくるのである。

もちろん、出逢ってくれた女の子も小さな笑顔を沢山私に見せてくれた。
学校生活が大変なこと、友達関係が面倒なこと、自分はどんな人なのかということ、さっきまで何をしていたかということ、私に対し思っていること、好きな食べ物のこと、髪色を変えるということ。何気ない会話の中で彼女達が散りばめた小さな笑顔を私は忘れたくない、大切にしたいと思っている。
これから数え切れない程重なり合っていく記憶の中で彼女達があの時あの場所で私と過ごした一時の事を思い出すことはあるのだろうかと、その、小さな笑顔を眺めながらしきりに思うのである。
私が見た彼女の小さな笑顔は紛うことなき『現在』の出来事であるはずなのに、目の前の彼女の光景は同時に彼女達の過去であって、未来の彼女達が思い出すかも知れない記憶に立ち会っているような、そんな感覚が拭えなかったりする。
忘れたくないね彼女達の笑顔。また会いたいですね。
現在と過去と未来は常に同時進行なのかもね。
あぁ、彼女達の笑顔を思い出すだけで胸が熱く痛くなる。だってもう夏だもの。